東京大学史料編纂所

HOME > 編纂・研究・公開 > 所報 > 『東京大学史料編纂所報』第22号(1987年)

醍醐寺史料調査

 一九八六年八月十七日から二十一日までの五日間、京都市伏見区醍醐伽藍町の醍醐寺に出張して、継続事業の史料調査・撮影を行った。
 前年に引続いて第一七五函3号から第一七六函までの聖教はマイクロフィルムに、第一三四函の各種の絵図は適宜カラー4×5・カラーブローニー・モノクロ4×5・マイクロフィルムに撮影した。また分離・破損の甚だしいものは借用し、本所技官中藤靖之によって接合・修補を行った。その結果、一九七八年に発見され、接合された尾張国安食荘絵図・山城国笠取荘絵図の他に、笠取荘絵図の土代二鋪を新たに復元接合することができた。 借用した絵図のうち三点は八七年二月に(株)便利堂による8×10撮影を、その他は六月にカラー及びモノクロ4×5撮影を行った。
 醍醐寺文書第一三四函はこのように調査し、接合修補した結果、「醍醐寺文書記録聖教目録」に一部移動が生じることになった。その目録と撮影状況とを以下に掲げる。数字は縦×横センチメートル。
 カラー  カ=カラー4×5、 ブ=カラーブローニー、
 モノクロ 半=半切、8=8×10、 4=4×5、マ=マイクロ

  ●=一九八六年修補 〇=一九七八年修補
一 宀一山図 一  嘉元四年十月廿四日写    二八・二×四二・一  4マ
       二                二六・一×四一・五  4マ
二 宀一山之図仏隆寺之図 一          三九・七×五〇・九 カ マ
             二          四〇・〇×五〇・〇 カ マ
三 宀一山図形   宝永七歳六月十日写     四〇・四×五六・八  4マ
四 伊豫阿波国図 (四国八十八箇所の図)
            四紙散々   一紙   三〇・三×四三・二   マ
五 美濃国室松寺領分図             七一・一×九九・三 4
六 醍醐村南総領之内絵図  享保五年      三二・五×九七・二 カ マ
七 千吉被下山絵図之扣  享保五年       三二・五×四八・八 カ マ
八 笠取村図                  五五・八×八五・三  半〇
九 醍醐領陀羅谷山守共居仕候新家場所之絵図   三〇・五×四八・五 カ
一〇 大住村堤切水荒之絵図  享和二年     八二・〇×一一九・五 8●
一一 上醍醐東坂伽藍領山林之図 宝暦四年十一月 五六・六×八二・一 カ4●
一二 領地絵図断片并山城綴喜郡大住村百姓連署書付 宝暦七年
                        四〇・五×八〇・五 カ マ
一三 小野山堺図    慶長六年八月十四日   二七・三×三九・五   マ
一四 下野等藪ノ分斉事 明応四年        二三・八×三八・〇   マ
一五 閼伽井廻リ境図等 一 元禄十四年     八四・五×八一・八 カ4●
           二            六七・五×七七・〇 カ4●
           三            五六・九×四一・四  4●
           四            三〇・八×四三・八 カ4●
一六 隆済僧正筆境之図 文明五年二月廿七日   二八・六×四六・七  4マ
一七 桧山堺図                 八一・五×八二・五 カ4●
一八 字浄林山絵図               二七・五×五三・四   マ
一九 境界図 雑々
   一 浄円法師房指図            二七・七×五三・四  4マ
   二 東かぎ尾等坪指図           四六・六×三一・七   マ
   三 よしの川上市下市周辺小守蔵王等経由道中指図
                        二三・一×三二・九 カ マ
   四 古市新道・清水地蔵近辺絵図     五九・一×一二八・四 カ4●
   五 御廟(泉涌)陵之図1         三二・九×二四・三   マ
              2         三八・五×二五・九   マ
              3         五一・〇×三六・一   マ
   六 醍醐小野領境論所絵図         三四・六×四七・六   マ
   七 寛政四年島原地震図          九七・八×五六・二 カ4●
   八 尾張国安食荘絵図           七三・二×九四・七  半〇
二〇 三国総図                 五一・三×七四・二 カ
二一 朝鮮国之図                五一・三×七四・〇 カ
二二 琉球国之図                五一・四×七四・〇 カ
二三 蝦夷国之図                五〇・四×九二・一 カ
二四 〓蘭新訳地球全図  寛政八年印行     五四・三×九三・〇 カ
二五 南譫部州万国掌菓之図 宝永七年版     一二三 ×一四六   4
二六 大明九辺万国人跡路程全図 康熈二年版   一二一・七×一二二・三 カ
二七 江戸城中細図               八二・〇×一一〇   4
二八
   一 自御室戸至于山上指図 寛正五年九月十五日
         全五紙、現存四紙(上中下三紙の上の部分の右に二紙を縦に
         継ぐところ左下一紙欠)    五二・六×九三・二  半〇
   二 山城国笠取荘絵図           八〇・一×一三六・九 半〇
         全九紙、一鋪に接合
   三 山城国笠取荘絵図土代 一       八〇・〇×一三二・二 8●
         全九紙、現存八紙、一鋪に接合、右下一紙欠
   四 山城国笠取荘絵図土代 二       七九・九×一三五・二 8●
         全九紙、現存八紙、一鋪に接合、中央一紙欠
   外に四紙 散々                      ブ
二九 醍醐寺境内及諸建造物見取図粉本等     明治四一年綴
       三五枚       各      二七×三八・五 ブ
三〇 上下伽藍并三宝院見取図等
       二一枚       各      三八×二四   ブ

               (岡田隆夫・山田邦明・鶴田啓・山口英男・吉田成)


『東京大学史料編纂所報』第22号p.106